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2013-04-22

小学生の頃のおはなし。

 先日のこと。企業に提出しなければならない書類の中に、「あなたの座右の銘」という欄があった。困った。生まれて21年、座右の銘はおろか、それ自体の意味もよく把握していなかったのだ。早速ネットで「座右の銘 意味」と検索してみると、なるほど、「自分の座っている場所の右側、つまり自分の一番近い場所に置いて戒めや励ましとする言葉」だそうな。また困った。そんな言葉は考えたことがない。でも、実は言葉にしていないだけでそれらしいことは考えているんじゃないのかと思い、少し記憶を旅してみた。今回はその中から小学校の話を。


 小学校で初めて陽介くんという友達が出来た。というのも、入学して最初の3日間の集団下校で、彼の後ろだった僕がひたすら彼にカンチョーをし続けたというくだらないきっかけからである。今の僕なら自分を止めるような行為だが、結果彼は今でもたまに会って飲む友人である。

 自分で言うのもなんだが、小学校の頃は成績が良かったのだ。A3サイズのテスト用紙が5枚返ってきて全てが満点だったこともあった。天才がそんじょそこらの問題を間違えるわけがないのだ。そんな天才、とある理科のテストで「メダカという魚がいます。卵を産むのはオスとメスどっち?」という問題に遭遇した。彼は思った、「どう考えてもメスだろう」と。しかし彼は次にこう考えた、「当たり前にメスなのに、何故こんな問題を出すんだろう?」と。そして彼は行き着いた、「これは引っ掛け問題だ」と。この孔明の罠とも取れる策略にはまるまいと、彼の持つ鉛筆はテスト用紙に自信たっぷり「オス」の2文字を記した。彼が卒業までこの件でからかわれたのは言うまでもない。

 性に目覚めたのは3,4年生の頃。プールに行ったときのことだ。水から上がってサウナで休んでいるときに2つ年下の友達に「ちんちんおっきくなってるー、えっちなことかんがえてんだろー」と言われたのがソレ関係では人生初じゃなかろうか。そこで初めて生理現象を生理現象として知った。それからは町の北英堂という本屋でエッチなマンガを背表紙裏向きにしてカービィの隣に差し込んだり、いとこの父親が持っていたバイク雑誌のグラビアページをちぎっては盗みちぎっては盗みを繰り返したりもした。でも、その家のおばあちゃんに現場を押さえられそうになったときは泣いて追い返したなぁ(笑)この手の話は尽きないというのがなんとも情けない。

 少年時代と言えば秘密基地ごっこのロマンは外せない。夏には住宅地の大きな土山から公園の目立たない木陰まで、冬には除雪車が積み上げた雪山から人の家の庭まで、それっぽい場所を見つけては理不尽にも「我々の領土だ」と言ってはばからなかった。3年生の冬、僕らは敵の領土である雪山をいただくために学校の敷地に隣接する民家の庭に基地を置き、計画を立てた。そこが飼っている犬も勝手に「又飼い」した。僕は兵器担当となり、ダンボールを切り貼りしてゴムで止めただけの『投雪玉器』を造った。1mも飛ばなかった。吹雪で授業に遅れたことから先生にバレて基地は解体、秘密基地ごっこは禁止となった。

 そういえば、宿泊学習という1泊2日の遠足があったのだが、その時に町を歩いて探索するというイベントがあった。8つのポイントを巡って戻ってくるというものだったが、僕らの班は3つ目のポイントで進んではいけない道を進んでしまい、その後4時間近く遭難することとなる。今思えば大したことの無い距離なのだが、集団心理やら仲間が沢に落ちたりやらから、泣いて「おかあさーん」と喚く痴態を晒した。結果、僕らは先生に救助(仲間内では救助と呼んでいる(笑))されたが、当時の自分は経験したことの無い「恐怖」を感じた出来事であった。


 やっていることは今とあまり変わっていない気もするが、当時の僕には「責任」という言葉が無い。だからこその「勢い」やら「強さ」があった。今よりもその瞬間を必死に生きているように感じる。つまり何を言いたいのか、というのは僕の「座右の銘」のようなものに繋がるけれども、それはまた別の話。

僕の小学生の頃のおはなし。


ではでは。
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